ラベル 旅する。 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 旅する。 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年4月3日金曜日

大阪梅田、昭和レトロの中崎町。

話は前後するけれど、3月初めに京都、大阪へ行ってきました。3泊のうち最初の夜は西宮の苦楽園に住むイワマツさんちということで、まずは新大阪から梅田へ。で、少し時間があるので、骨董市が出るという中崎町をぶらつくことにした。
ぴかぴかの梅田とは対照的な街並み。
戦災を免れた古い街はすっかり寂れていたらしい。でも、路地に長屋の残るレトロな街並みに惹かれた人たちが店を出すようになって、若い人たちが集まる町になったという。
あいにくの雨で骨董市は中止。それでも”昭和の街”を、傘をさした若い人たちが歩いていた。で、気がついた。大阪の女性は、みんな模様入りの傘をさしとるんやね。無地の傘だった女性は(由)だけ。ほんまやで。
雨が強くてよく見えないけど、花柄と水玉。
小物や古着、自然系、古本、レストラン・・・。カフェがやたら多いけれど、雨模様のせいかどこもいっぱいだった。
古書カフェ。
路地裏の Café Colikoの壁。
パリふう。
和風も。
やっぱ柄入り傘。マンションもあるのは、ましょうがない。
街は新しくすればいいわけじゃない。取り残されていたた街が、こうして再生するのはほんとにいいこと。がんばれ中崎町です。(宏)

2012年11月8日木曜日

ノルマンディの海辺。

日本から典子さんがお母さんの介護の隙間を縫って息抜きにやって来たので、3人で2泊だけの小旅行に行きました。
天気予報は雨模様だったけれど、サン・ラザール駅から汽車でフェカンへ。駅前の観光案内所で地図とエトルタへのバスの時刻表をもらって、まずは海岸へ。
典子サンは「晴れてないほうがノルマンディの海っぽい」と満足。

















時おり薄日が射す石浜で海の空気をいっぱい吸ってから、小さなレストランでタラのノルマンディ風の昼ごはん。この後のごはんも、牡蠣、エビ、カニ、エイ、ホタテ、ムール……と、昼も夜もたいてい海の幸づくしだった。
フェカンにあるアール・ヌーヴォーの家。


















ベネデイクティン酒のミュゼになっている華麗な館やアール・ヌーヴォーの家のある、小さな町をぶらついて駅に戻る。夕方までバスがないので、タクシーでエトルタへ。
エトルタ、アモンの岬。











モネ『エトルタ風景』(オンフルール・ブーダン美術館)






















雨模様の中、典子さんと(由)は上の写真アモンの岬の崖の上へ。数日前に背中を傷めてイナバウワーイテテ状態?だった(宏)は宿で昼寝。翌朝、西のアヴァルの岬には3人で上りました。
2人は突端まで。否イナバウワーは遠慮。

















ロマネスクの教会や『怪盗ルパン』のモーリス・ルブランの家などを眺め、今度はバスでル・アーヴルへ。牛の群れのいるのどかな平原から一気に下りるとサント・アドレスの海岸で、すぐにル・アーブルの街の浜辺の入口ポルト・オセアン。バスは駅まで行くけれど、とりあえずここで下りてみた。
デュフィ『サント・アドレス海岸』。(ブーダン美術館)

















ポルト・オセアンに真新しいトラムが停まっていた。でも開通は12月。カートを引っぱる典子さんと(由)の後を手ぶらの(宏)が追って広い直線街路を行く。第二次大戦末期にイギリス軍の爆撃で徹底破壊されたル・アーヴルは、戦後の復興計画で建てられた街並が続いている。
猛爆で8万人の住居が壊され5500人が死んだという。

















「オーギュスト・ペレによって再建された都市ル・アーヴル」としてユネスコの世界文化遺産になっている整然と規格化された街並は、無機的でなんとなく全体主義的で、どうも好きになれない。
昼ごはんを、と思ってレストランを物色したんだけれど、飲食店の集まる地域も見当がつかないし、同じような建物の同じような構えだから、ここがよさそうというカンも働かないのです。でも市庁舎近くのモダンな内装のクレープ屋(ここだけ海の幸じゃなかった)は、ちゃんとおいしかった。
ル・アーヴル駅からのバスでノルマンディ橋を渡り、セーヌ対岸のオンフルールへ。
セーヌの河口は広ーい。

















デュフィの絵でも知られるオンフルールいちばんの名所旧港は、だいぶ前の初夏に訪れた時、日本のお絵描きツアーの皆さんが画板を並べていてびっくりしたけれど、この日は強い雨でひっそり。ブーダン美術館を見て、ごはんを食べて坂道の上の宿へ。
翌朝も小雨、サティの生家は休館日だし、教会の天井を眺めてからバス乗り場へ向かった。
アルクイユのアパートに比べて立派なサティの生家。











船大工が造った教会は船底天井。











教会前の家の屋根のネコ。


























で、海岸沿いに走るバスで、SNCFの駅があるドーヴィルへ。ここはさすがに高級避暑地、豪壮華麗な別荘が並んでいます。
ジャン・ギャバンの家。










だばだばだのはまべだば。



















 小雨にけむるダバダバダの砂浜を眺め、市場近くに見つけた定食屋で最後のムールを食べて帰りました。(宏)

2012年10月18日木曜日

ブノージュ村の夏休み;その10 ドムのワイン。

ブノージュのあるマルミニャック村はロット県に属している。ロット県の県庁があるのが、黒いワインとして知られるカオール。毎週買い出しに行くカザルの朝市に並ぶのも大半が地元のカオールだから、ケイコさんちで毎日飲むのもカオールが中心です。このカオールのワインはブノージュの南のロット川沿岸で作られている。濃くて個性的な風味が薫るカオールも、近ごろはやや軽めのものが多くなっているみたい。
ロット沿岸の平地に広がるカオールの畑。















ブノージュの北、ドルドーニュ川寄りの丘に "Cave du Vin de Domme" という小さなワイン醸造所があります。ここがケイコさんちにいちばん近いワイン産地。
ドムの畑。少しずつブドウ畑を拡げている。

















100年ほど前まで作られ、その後絶えていたブドウの栽培とワイン生産を、この辺りの農家が共同で再生させたというドムのワインは、20haほどしかない畑のぶどうで作られている。 生産量は少ないし無名だからパリでは手に入らないけれど、正直でまっとうな味のワインです。
ドムの醸造タンク。この裏に樽が並んでいる。

















ケイコさんの案内で行った数年前には、2、3年前からのストックを試飲して気に入った "Périgord Noir" を、毎年クルマに積み込んで帰っていた。でもどうやら人気が出て来たらしく、今年は2010年以前の「ペリゴール・ノワール」はもう在庫切れ。2011年ものはまだ樽からビン詰めされていなかった。
繁盛のドム。試飲に寄る人が増えている。

















在庫があった ”Cuvées Tradition" を少しだけ買ってきた。でも日常飲むにはいいけれど来客のときの常備ワインとしてはやや不満。
5〜7ユーロ台です。右がベルジュラック。



















で、9月末、毎年恒例のアントニーのワインとチーズ市で、去年気に入っていたベルジュラックのワインを今年も買いました。ベルジュラックはドムより下流の、やはりドルドーニュ沿いの丘で作られている。 この辺りのワイン、高級ボルドーにはかなわないけれど、手頃で安心して飲めるのがうれしいのです。
だらだらと続けた夏休み報告,ひとまずこれでオシマイにします。(宏)

2012年10月9日火曜日

ブノージュ村の夏休み;その9 林間の昼食。

すっかり秋なのに夏休み報告の続きです。ブノージュの夏の楽しみのひとつに、あちこちの蚤の市めぐりがあります。パリでも春や秋には毎週末どこかの通りで、ブロカント(古道具)、アンティキテ(骨董市)、ヴィッド・グルニエ(ガラクタ市)が開かれる。でもヴァカンスの時期になると、青空の下の蚤の市の中心はフランス中の田舎に移ります。有名行楽地は別だけど、田舎の蚤の市のほうが掘り出し物の確立が高いし、値段もはるかに安い。それに、のんびりムードがいいのです。 ドルドーニュ上流、もうコレーズ県の端っこにある小さな村ナデイヤック(Nadaillac)のヴィッド・グルニエは、村はずれの林の中が会場だった。
昼前に着いたら、木立に囲まれた会場の真ん中に、細長いテーブルが何列も並べられ、食卓の用意がされていた。
赤い紙が敷かれたテーブル。右手に調理場。
















村にはカフェもないので、この日の昼限定の青空レストランです。事前に食券を買って、昼時になると客も出展者も好きな所に席を定める。
次々と皿が運ばれて。
















前菜は生ハムメロン、メインは羊のロースト豆煮込み添え、デザートは杏のタルトかチョコレートケーキ、またはロカマドールのチーズ。テーブルの各所に、パン籠と水、白・赤・ロゼのワインのピシェがテキトーに置かれている。子どもや飲めない人にはジュースかコーラ。 で、12ユーロ。どれも地元の産物だから、ショウジキでおいっしい。
デザートを待つ間のおしゃべりタイムです。
















マルセイユから来たという隣の席のおっさんは、わしゃ、もうすぐ定年で、引退したらこの辺に家を買って過ごすつもり。ということでした。(宏)

2012年9月26日水曜日

ブノージュ村の夏休み;その8 動物農場。

ブノージュのケイコさんちの隣には鶏がいます。家の前の畑の坂道をを下りていくと牛がいます。
朝から夕暮れまで、いつも食事中の牛たち。

















穫れたてのカシスとイチゴを買いに行った農家にはロバがいた。
近寄るととてつもない大声でヒィン、ハ−ンと啼きます。

















まるでひとけのない小さな村を歩いていたら、裏の森からいきなり何頭かの馬の列が現れた。乗馬クラブの人たちです。
フランス人は乗馬が大好き。

















ドルドーニュ沿いの道端に「ルート.デュ・フォアグラ」という標識があった。フォアグラはこの辺り一帯の特産です。
フォワグラ街道。
















でも、クルマから見ていてもフォアグラのもと鴨や鵞鳥の群れには、なかなかお目にかからない。と思っていたら、いました。木立の向こうの草原を散歩するガチョウさんたち。羊もいっしょです。
マユミさんにクルマを停めてもらって、ガチョウのほうへ向かうと、犬たちがうれしそうに飛びついてくる。その後から気のよさそうなおばさん。写真を撮らせて、というと快くOKで、案内してくれた。
のどかな動物農場。

















生まれて間もない子ガチョウは金網で守られている。犬や羊はガチョウを狙ってくるキツネ対策なんだって。
かもんべいびー。いえ、がちょーん。


















この動物農場ではヴァカンス用のキャンプ場もやっていて、大勢の動物たちは子どもたちにも喜ばれている。フォアグラは作っていません。オバさんは全部の動物たちに名前を付けている。ふつう人の手からは ぜったいにエサを食べないという雄鶏も「おいでクッキー」の声で近寄ってくる。
動物と同じ目線で。

















原価で分けてもらったタマゴは,小さめだけど、割っても黄身が球のままで、とびきりおいしかった。ほんとは結構大変なんだと思うけど、じつに楽しそうに暮らすおばさんでした。(宏)

2012年9月25日火曜日

ブノージュ村の夏休み;その7 バスティッド。

ブノージュから数十キロ西、ドルドーニュの南の丘にあるモンパジエ(Monpazier)は、バスティッド(Bastide)と呼ばれる中世の自治要塞都市です。都市と言っても住民は500人ほど。サンシール・ラ・ポピーと同じ「フランスのもっとも美しい村々」のひとつです。
おもにフランスの南西部で見られるバスティッドは、13世紀から14世紀にかけて、見晴らしのいい丘の上に建設された当時のニュータウンです。数本のまっすぐな主要道路とそれを結ぶ路地が、格子状の街区を構成し、周りを堅固な市壁で囲んでいる。街への出入りは数カ所のの市門だけ。村の中心には正方形の広場があって、たいていどこもきれいなアーチ型のアーケードを持つ建物で囲まれています。
モンパジエのコルニエール広場。

















モンパジエは、この地方にいくつもあるバスティッドの中でも、その形がほぼ完全に保たれている代表的な例として知られている。
モンパジエの格子状の街区は南北が400m、東西は220m。













>



1284年に当時のアキテーヌ公だったイギリス王エドワード1世によって造られたモンパジエの街は、今も中世のころとほとんど変らない。丘の上に整然と並ぶ古い家並みは、畑と森の続く周りの風景とは対照的な、都市的空間を感じさせます。
住民の自治権が与えられていた。

















バスティッドは、軍事と流通の、そして農地開拓の拠点として、トゥールーズ伯、イギリス王、フランス王家が,それぞれ競うように建設したらしい。
モンパジエのモンです。

















市門の外のテラスからの眺めも、中世のころとそんなに変っていないのかも。
いちめんの緑とドルドーニュの支流Dropt川。
















ドルドーニュ沿いのドム(Domme)もバスティッドです。ここはブノージュからも近い。眼下にドルドーニュの流れを見下ろす北側は切り立った崖。水面にたくさんのカヌーがミズスマシのように見えます。向こうの深く黒ずんだ森は「ペリゴール・ノワール」と呼ばれている。
いちめんの緑とドルドーニュ川。















フランス王フィリップ3世が造ったドムは、崖のある北側以外は堅固な市壁で囲まれている。でも地形の関係で格子状の街区は部分的。ここもやはり「フランスで最も美しい村々」のひとつで、サルラにも近いから、夏には大勢の人が訪れるかなりな観光地です。
ドム。南のトゥール門。















3つ目は南のロット川を越えてさらに南へ。ローゼルト(Lauzerte)は、1241年、トゥールーズ伯が造った初期のバスティッドで、ここもやはり「美しい村」です。
ローゼルトのコルニエール広場。















モントーバンやアジャンにも近いローゼルトは、メロンやプラム、フォワグラなどの集積地。中世にはサンチャゴ・デ・コンポステラへ向かう巡礼も通る村だった。
市門。ドムやモンパジエに比べると静かな村です。















もうひとつ、モンパジエの西北、ベルジュラック寄りのベルモン・ド・ペリゴール(Bèlmont de Perigòrd) は、エドワード1世の臣下が1272年に築いたバスティッド。ここは2001年までボーモン(Beaumont)と名乗っていたけれど、元のオック語の表記を使うようになった。
ベルモンには1200人近い人が住んでいて、村というよりは町かな?、という規模。そのせいか「美しい村々」には入っていません。
ジャン・ムーラン広場のカフェにいるのも地元の人たち。

















フランスの中世の町は、城や教会を中心にした円形のプランに蜘蛛の巣のように入り組んだ街路を持つのがふつうだけれど、計画的に造られた直線的な街区のバスティッドはユニークな存在。それが今もほとんど変わらずに保たれているのです。(宏)

2012年9月19日水曜日

ブノージュ村の夏休み;その6 パスティスの話。

ひと休みしていたので、もう夏休みの報告は種切れ? と思ったでしょうが、イヤイヤどうして、まだまだあります。
 パステイスっていうと、ふつうペルノーとかアブサントとか、アニス系で作った食前酒のことだって思うけれど、この夏ブノージュで出会ったのは、そういうリキュールとは何の関係もないフシギなお菓子だった。 
前にケイコさんからパスティスのこと、そしてカザルの市で知り合ったパスティス作りの名人の話は聞いていたのだけれど、今回、その人が自宅でお菓子を作るのを見せてもらえる、という。10kmほど南の村にあるスリエおばさんの家に、さっそく皆で押しかけて行きました。 
丘の上の花畑に囲まれた小さな家。奥に見えるのが離れの台所。
  

















今回は娘さんたちのために3個のパスティスを焼くという。 小麦粉にサラダ油と塩・砂糖、水を混ぜた種を、耳たぶくらいの柔らかさに練って3時間は寝かせる。リンゴは刻んでオードヴィに漬けておく。
小さなパンくらいの種を、シーツを広げたテーブルに置く。











手を使って伸ばします。











伸ばします。











どこまでも伸ばします。










ジャーン!伸びたー。下のシーツが透けて見えるほど薄い。






































驚くほど薄く伸びた生地にオイルを塗り、外側の部分はカットして、砂糖を撒き、リンゴをのせて帯のように巻く。カットした生地は、足りない部分に再利用。
バラバラとリンゴを置く。











こんな帯を何本も作ります























リンゴ入り生地の帯を、タルト型の中に花のように並べて詰めてゆく。帯の上の部分をナイフで裂き、生地の残りを花びらのように飾ってオーヴンへ。
バラの花のような具合に並べて、焼く準備の出来上がり。












 





上の段で強火で20分、下の段に移し、火を弱めて25分。焼きたてにシロップをかけて蒸らします。 
シロップはオードヴィ+砂糖+水にリンゴの漬け汁を加える。











でき上がり。






















パイ皮がサクサクと軽く、香りのよい上品な味わいのお菓子です。別の町のレストランでも食べ比べてみたけれど、やっぱりスリエおばさんのパスティスには敵わなかった。あの生地伸ばしの技が、味の決め手でしょうね。 庭の花までお土産にいただいて、大満足で帰りました。(由)